過去10年以上にわたり、私たちはAWS、Google Cloud、Microsoft Azureといった大手ベンダーを通じてクラウドサービスを利用することに慣れ親しんできました。しかし、データが「新たな石油」と称される時代となり、生成AIが急速に普及する中で、一つの深刻な問いが浮上しています。それは、「私たちのデータは、一体誰が本当に管理しているのか?」ということです。
この状況は、地政学的な緊張をさらに高め、欧州のGDPRや日本のAPPI(個人情報保護法)のようなデータプライバシー規制の強化を後押ししています。今や企業は、単に「どうやってクラウドへ移行するか」を検討する段階から、「どのクラウドを選択すべきか」を真剣に考えるフェーズへと移行しています。
その最適な解こそが、ソブリンクラウド(Sovereign Cloud)です。本記事では、ソブリンクラウドの基本的な定義と特徴から、他のクラウドシステムとの違い、最新の市場動向、そして導入のメリット・課題までを徹底的に解説します。
ソブリンクラウド(Sovereign Cloud)とは?

ソブリンクラウドを、単に「国内のデータセンターにサーバーを設置すること」と誤解している人が少なくありません。確かにそれも一つの要素ですが、それだけでは不十分です。ソブリンクラウドは「データはどこにあるか?」という問いだけでなく、「そのデータに対し、誰が管理・アクセス権限を持っているか?」という問いに答えるものです。
ソブリンクラウドとは、メタデータ(付随データ)を含むすべてのデータが、そのデータが生成された特定の国または地域の管轄権(法的な支配力)と管理下にあることを保証するクラウドコンピューティングのモデルを指します。
分かりやすく言うと、ソブリンクラウドは以下の4つの柱によって支えられています。

データ主権(Data Sovereignty)
パフォーマンスを最適化するために、データが日本、アメリカ、シンガポールなどの複数のサーバーに分散されるパブリッククラウドとは異なります。ソブリンクラウドは、保存されているデータ(Data at Rest)から処理中のデータ(Data in Use)まで、すべてのデータがその国の地理的境界内に留まることを約束します。
これらのデータは現地の法律に従います。つまり、ソブリンクラウド内のデータは、サービスプロバイダーの本社がある国の法律を含め、外国の法律による干渉を受けません(例:米国政府が国外のデータへのアクセスを可能にする「米国CLOUD法」などの影響を回避できます)。
運用の主権(Operational Sovereignty)
システムの管理と運用は、国内の組織、あるいは信頼された委託先が行い、許可のない不適切なリモートアクセスを完全に遮断します。また、運用・保守・トラブル対応は、セキュリティ審査を経た現地のパートナーや国内スタッフが行うのが一般的です。
これは、明確な許可がない限り、元のクラウド事業者を含め、いかなる外国の主体もデータにアクセスできないことを意味します。もしロンドンにいる管理者が、東京にあるシステムのルート権限(root)を持ち続けているとしたら、それはまだソブリンクラウドとは呼べません。
技術の主権(Technical Sovereignty)
オープンスタンダード(標準技術)やオープンソースを活用することで、技術的な主権を提供します。これにより、企業は必要に応じて他のプロバイダーへ容易に移行できるようになり、特定の事業者に依存しすぎる「ベンダーロックイン」を防ぐことができます。
デジタル主権(Digital Sovereignty)
「デジタル主権」は包括的な概念であり、組織や国家が自分たちのデジタルの運命を自ら決定・制御できる能力を表します。ソブリンクラウドは、国家のサイバーセキュリティ規制、データ保護規則、および戦略的方針への準拠を保証します。これには、監査可能性、透明性、そして米国CLOUD法のような域外適用法に対する法的な障壁が含まれます。
ソブリンクラウドが注目されている理由
ソブリンクラウドの台頭は、単なる技術的な要因だけでなく、以下のような圧力に起因しています。
データ主権と法規制
「米国クラウド法(U.S. Cloud Act)」のような法律は、サーバーが海外に設置されている場合でも、米国政府が米国企業のデータにアクセスすることを許可しています。この事実は、EUやアジアの金融機関および政府機関の間で懸念を引き起こしています。
ソブリンAIの台頭
AIをトレーニングするために、企業は膨大な量のデータを投入する必要があります。もしこのデータが海外のパブリッククラウド上にある場合、企業秘密の漏洩や、外国政府や勢力による潜在的な影響や操作のリスクが非常に高まります。
複雑な地政学的背景
世界的な紛争により、制裁による突然の接続遮断や海底ケーブルの切断を回避し、独立したデジタルインフラを維持することの重要性が浮き彫りになりました。各国は、「ハイパースケーラー(AWS、Google、Azureなど)」に完全に依存することは、これらの巨大企業の母国による禁輸措置や政策変更が生じた場合にリスクとなり得ることを認識し始めています。
ソブリンクラウドと他のシステムとの比較
| 基準 | パブリッククラウド | プライベートクラウド | ガバメントクラウド | オンプレミス | ソブリンクラウド |
|---|---|---|---|---|---|
| データの所在 | グローバル (選択可だが不透明な場合も) | 指定場所 (自社/事業者DC) | 国内リージョン (原則) | 自社内 (国内) | 国内 (厳格に保証) |
| 適用される法律 | 運営企業の母国法 (主に米国法) | 契約・設置場所に依存 | 国内法 + 運営企業の母国法 | 国内法のみ | 国内法のみ (他国法の干渉排除) |
| 他国からの介入 | CLOUD法等のリスクあり | 事業者次第でリスクあり | リスクは軽減されるが残る | なし (物理的に遮断) | なし (運用の独立性で遮断) |
| 拡張性 | ◎ 極めて高い | △ 設計範囲内でのみ可 | ◯ パブリック準拠で高い | ✕ 低い (調達に時間がかかる) | ◯ 高い (パブリックの技術を利用) |
| コスト | ◎ 従量課金 (安価) | △ 固定費・投資が大 | ◯ 包括契約等で調整 | ✕ 初期投資が大 | △ やや割高 (運用コスト増) |
| 主な利用者 | 一般企業、個人 | 金融、大企業 | 政府、自治体 | 極秘情報を扱う組織 | 経済安保重視の企業、重要インフラ |
どのクラウドを選ぶべきか?
パブリッククラウド: スタートアップや、柔軟性とコスト最適化を重視する企業、また最新テクノロジー(AI、ビッグデータ)を迅速に取り入れたい組織に最適です。
プライベートクラウド: 特殊な業務プロセスを持つ大企業や、高いセキュリティを要求しつつ、仮想化技術による柔軟性も維持したい組織に適しています。
ガバメントクラウド: 公的機関、または政府系プロジェクトを受注・実施する組織向けです。
オンプレミス: 建物外への持ち出しが一切禁止されている極めて機密性の高いデータを扱う場合や、クラウド化が不可能なレガシーシステム(旧来のシステム)を運用する場合に選ばれます。
ソブリンクラウド: 国家の重要インフラ分野に属する組織で、国際的な法執行などを通じて他国の技術大国にデータを「覗き見」されないよう、確実に保護する必要がある場合に適しています。
世界および日本におけるソブリンクラウド市場の動向
データ主権の重要性がますます高まる中、世界のソブリンクラウド市場は急速に拡大しています。企業のAI活用が進むにつれ、データの保護とパフォーマンスを両立させる選択肢として「ソブリンAI」が注目を集めています。
主要プロバイダーの動向
AWS、Microsoft Azure、Google Cloud、Oracle Cloud、IBM Cloudといった主要プロバイダーは、各地域のデータセンターを活用し、EUのGDPRや各国独自の規制に準拠したソブリン・オプションを提供しています。
- Oracle: 日本を含むアジア太平洋地域への投資を拡大し、ソブリンクラウドの基盤を強化しています。
- 欧州の動向: 「GAIA-X」プロジェクトが進展しており、フランスのOVHcloudやドイツのT-Systemsなどが、地域主導のソブリンクラウド・モデルを展開しています。
日本国内企業の主な取り組み
デジタル庁が主導する「政府クラウド(ガバメントクラウド)」の認定制度が鍵となっています。
- さくらインターネット: 2025年に国内企業として初めて認定プロバイダーとなりました。
- ソフトバンク: AI搭載のソブリンクラウドサービスを2026年4月(東日本)および10月(西日本)に開始予定で、データセンターを拡充しています。
- 富士通・PwC Japan: ソブリンクラウド向けのリスク管理支援を提供。
- Oracle・NTTデータ: 「Oracle Alloy」プラットフォームを活用し、国内向けのクラウドサービスを強化しています。
ソブリンクラウドを適用するメリット

法令遵守の確保
ソブリンクラウドの利用者は、銀行、医療、政府などの個人情報(PII)や営業秘密を厳格に保護する必要がある敏感な分野でビジネスを行う際の法的リスクを完全に排除できます。
データのセキュリティとコントロールの強化
AIや機械学習が爆発的に普及する時代において、ソブリンクラウドは高レベルのセキュリティ層で敏感なデータを安全に処理することをサポートします。
- アクセスコントロールを厳格化し、現地職員または権限を持つ者のみデータにアクセス可能。
- 強力なデータ暗号化、独自の鍵管理、国外からのアクセス防止(例:米国のCLOUD法などの法律の影響を回避)。
- データの復旧能力(disaster recovery)を強化しつつ、データが国境を越えて移動される心配がない。
ソブリンクラウドは、従来のクラウドの利点を失うことなく、顧客は自社のデータが決して自国領土外に出ないことを知って、より安心して利用できます。
海外ベンダーへの依存低減と自立性の向上
ソブリンクラウドにより、企業はAWS、Azure、Google Cloudなどのグローバルハイパースケーラーによる「ベンダーロックイン」を回避し、同時に現地の技術エコシステムの発展を支援できます。これにより、特に地政学的状況が変動する中で、戦略的な独立性が得られます。
ソブリンクラウドを適用する際の課題

開発・運用・維持コストの高さ
ソブリンクラウドへの移行における最大の障壁の一つは、AWS、Azure、Google Cloudなどの従来のパブリッククラウドモデルに比べてコストが高いことです。ソブリンクラウドは通常、厳格な基準に準拠した専用のインフラ構築を要求するため、初期投資が大きくなります。
また、システム管理のために現地の専門家チームを維持する必要があるため、運用コストも急増します。パブリッククラウドが提供する自動化されたサービスとは異なり、ソブリンクラウドは自動的なコスト最適化ツールが不足していることが多いです。
人材および技術リソースの不足
ソブリンクラウドは、クラウド技術と現地規制の両方に精通した専門家を必要としますが、そうした人材はまだ限られています。
さらに、多くのレガシーシステムを抱える企業やハイブリッド環境の場合、ソブリンクラウドへの移行は技術的な課題となります。データ移行時のダウンタイム、互換性の問題、セキュリティ設定の再構成などが発生します。
機能と技術革新の制限
ソブリンクラウドはデータ主権をもたらす一方で、新しい機能の更新が遅れがちです。MicrosoftやAmazonなどのグローバルプロバイダーはAI、機械学習、ビッグデータの先進ツールを次々とリリースしていますが、ソブリンクラウドは現地規制への準拠が求められるため、導入が遅れることがあります。
まず、ハイブリッドクラウド/マルチクラウド戦略が複雑化し、データ移動やワークロードのポータビリティが低下します。NutanixやIBMの分析でも、カスタマイズ性の低下やベンダー依存の増大による柔軟性の低下が指摘されています。
次に、ソブリンクラウドの隔離設計により更新速度が遅くなります。パブリッククラウドが新しい機能(例:最新のAIモデル)を数ヶ月で展開するのに対し、独立環境ではセキュリティ評価や現地運用要件により遅延が生じます。MicrosoftやGoogleのソブリンクラウドであっても、インターネットから完全に隔離されたモデルではグローバルなイノベーションに後れを取るリスクがあります。
ソブリンクラウドの発展展望
現在のAI時代において、新たなAIトレンドの一つであるソブリンAIの発展には、ソブリンクラウドの役割が不可欠です。ソブリンAIとは、国家が自国のインフラ、データ、人材を用いてAIモデルを独自に構築、訓練、展開する能力を指します。そして、ソブリンクラウドは、そうしたデータのデータ主権を保護する役割を果たします。
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Gartnerの予測(2024-2025)によると、2027年までにGenAIを導入する企業の70%が、知的財産の保護のためにデジタル主権(Digital Sovereignty)を提供するソリューションを優先するでしょう。ソブリンクラウドは、この十年で最も重要な技術トレンドの一つとなっています。
グローバルソブリンクラウド市場は、2025年に1,114.1億米ドルと評価されており、2033年までに6,488.7億米ドルから9,411.0億米ドルに達すると予測されています。これは、異なる成長モデルに応じて年平均成長率(CAGR)が23.8%から30.58%に相当します。一方、Fortune Business Insightsの予測では、市場は2025年の1,546.9億米ドルから2032年に8,239.1億米ドルへ成長し、年平均成長率27%となる見込みです。

しかし、この成長展望は現実的な課題とともに考慮する必要があります。パブリッククラウドに比べてコストが10-30%高いこと、規制遵守の複雑さ、そして「技術主権の幻想」のリスク——すべての国が真に独立したクラウドプラットフォームを構築できるわけではない点です。
近い将来、ハイブリッドソブリンクラウドが主流の解決策となる可能性が高いでしょう。企業は通常の業務にはパブリッククラウドを利用し、機密性の高いコアデータについてはソブリンクラウドを活用する形です。
まとめ
ソブリンクラウドは、データ主権の保護と地政学的リスクの回避を重視する現代社会において、不可欠なソリューションとして急速に拡大を続けています。2026年現在、ソフトバンクによるAI搭載サービスの開始や、さくらインターネットの認定取得といった日本国内の取り組みが本格化しており、さまざまな課題を克服しながら、ハイブリッドモデルが主流となる流れが見られます。この技術は、ソブリンAIの基盤として、企業や国家のデジタル自立を強力に支え、市場規模も予測通り数千億ドル規模に成長を遂げております。将来的には、グローバルな規制強化と技術革新のバランスが鍵となり、持続的なデータセキュリティを実現するリーディングトレンドとして、ますます定着していくものと期待されます。
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